緑内障はいずれ失明?
(2021/6/26)
 ネット上では、「緑内障を放置すれば失明する」という情報があふれています。その上で、眼科医に「緑内障の疑いがある」などと告げられると、まさに「お先真っ暗」となってしまいます。しかし、そもそも「失明」とは、どういう状態を指すのでしょうか。 

中途失明の原因の1位
 NHK健康チャンネルの番組ページでは、「日本人の中途失明の原因で最も多いのは緑内障です」と説明して、次のグラフを掲載しています。この番組では、東京大学大学院教授が解説していますから、この説明は、疑いの余地はないようにも思われます。

 こちらのページのグラフ(伝説の眼科医実証の栄養療法で失明・手術を回避!緑内障・黄斑変性の進行が止まった!  |  「健康365」公式Webメディア 365カレッジ)では、出典元をもう少し詳しく説明しています。

中途失明原因の第1位は緑内障で、第4位の黄斑変性が急増している ※2014年 日本眼科学会雑誌『日本における視覚障害の原因と現状』より作成

「中途失明の原因」を調べたものではない
 日本眼科学会雑誌のページには、この論文「日本における視覚障害の原因と現状」の要約が次のように紹介されています。興味を引かれた箇所に下線を施しました。つまり、この調査は、成人になってから新たに視覚障害の認定を受けた人の「視覚障害の原因」を調べたものであり、「中途失明の原因」を調べたものではありません。ただし、3級以上は、米国基準の「失明」に当たるので(後述)、両者は重なり合う部分はあります。
 なお、2001〜2006年で、視覚障害者は、単純に計算すれば、年平均2000人増えていることになりますから(後述参照)、緑内障による視覚障害者は年400人ぐらい増えていることになります。
目 的:日本における視覚障害の原因を調査する.
対象と方法:全国を7ブロックに分け,1ブロックから1自治体を無作為に抽出し,2007年4月〜2010年3月に身体障害者診断書·意見書に基づいて新規に視覚障害認定を受けた18歳以上の4,852名について検討した.
結 果:原因の1位は緑内障で21.0%であった.2位は糖尿病網膜症15.6%,3位は網膜色素変性12.0%,4位は黄斑変性9.5%,5位は脈絡網膜萎縮8.4%であった.緑内障は70代以降の主因で,1,2級で61%を占めた.糖尿病網膜症は50,60代の主因で,40代以下の主因は網膜色素変性であった.黄斑変性は80代以降で多かった.
結 論:2001年〜2004年の調査と比べ上位の順位に違いはなかった.さらに増加が見込まれる視覚障害者に対する予防や早期治療対策を立て,実態調査のために原因疾患や障害状態を解析できるデータ集約システムの構築が求められる.(日眼会誌118:495-501,2014)

身体障害者福祉法には「失明」という表現はない
 では、視覚障害とはどういったものでしょうか。
 身体障害者福祉法(1949年)では、矯正視力と視野損失率に基づき、視覚障害を次の等級に分類しています。これらの等級は、政府の調査や障害者福祉給付金の受給資格決定に使用されています(日本における 視覚障害の社会的コスト - 日本眼科医会)。
 そもそも、身体障害者福祉法による視覚障害には、「失明」という表現はないのです。
視力障害(数値は矯正視力) 視野障害
1級 両眼の視力の和が0.01以下のもの
2級 両眼の視力の和が0.02以上0.04以下のもの 両眼の視野がそれぞれ10度以内で、かつ両眼による視野について視野損失率が95%以上のもの
3級 両眼の視力の和が0.05以上0.08以下のもの 両眼の視野がそれぞれ10度以内で、かつ両眼による視野について視野損失率が90%以上のもの
4級 両眼の視力の和が0.09以上0.12以下のもの 両眼の視野がそれぞれ10度以内のもの
5級 両眼の視力の和が0.13以上0.2以下のもの 両眼による視野の2分の1以上が欠けているもの
6級 片眼の視力が0.02以下他眼の視力が0.6以下のもので、両眼の視力の和が0.2を超えるもの
 身体障害者福祉法の視野障害の規定は、1994年に次のように改正されています(日本大百科全書(ニッポニカ)「失明」の解説)。
視力障害(数値は矯正視力) 視野障害
1級 両眼の視力の和が0.01以下のもの
2級 両眼の視力の和が0.02以上0.04以下のもの
3級 両眼の視力の和が0.05以上0.08以下のもの
4級 両眼の視力の和が0.09以上0.12以下のもの 両眼の視野がそれぞれ5度以内のもの
5級 両眼の視力の和が0.13以上0.2以下のもの 両眼の視野がそれぞれ10度以内のもの。両眼の視野の2分の1以上が欠けているもの。
6級 片眼の視力が0.02以下他眼の視力が0.6以下のもので、両眼の視力の和が0.2を超えるもの

視野10度でも結構見えている
 視野5度や10度の見え方は次のようになっています(ロービジョン・弱視の方・家族の方へ)。視野が10度あれば、室内での生活には、さほどの不便は感じないものと思われます。ただし、車や人の往来する街中を歩くときは、常に注意深く周りを見回す必要はありそうです。

 夜盲症と視野狭窄用のデジタル眼鏡も販売されています。値段は39万5千円(税別)です(夜盲症でも視野狭窄でも見える!HOYAの眼鏡「WM10 HiKARI」)。


見えていても失明?
 失明とは、光を失うこと、つまり全く目が見えなくなることを指すというのが一般的な認識であると思われます。日本大百科全書(ニッポニカ)「失明」の解説でも、次のように説明しています。「日常生活に著しい不便を伴う程度の視覚障害も失明ということがある」ということですが、さすがに、視野障害を失明と呼ぶのは、語感からしても、かなり無理があると思います。
失明 しつめい
医学的には光覚のないものをいうが、日常生活に著しい不便を伴う程度の視覚障害も失明ということがある。一般に、外界から取り入れる情報のうち、視覚を通じて入ってくるものが80%といわれている。したがって、目に障害がおこると、情報収集の能率は著しく低下する。視覚の障害には視力、視野、色覚、光覚、眼球運動などの障害があるが、このうち視力障害がもっとも大きな問題となる。失明とは、正確には両眼とも光覚を感じなくなった状態をいうが、視力障害の程度によっては失明同様のハンディキャップをもつことになる場合もある。
[中島 章]

米国の基準では0.1以下で「失明」  
 「失明=両眼とも光覚を感じなくなった状態」というのが一般人の認識だと思いますが、米国の基準WHOの基準では、次のように定義しています(日本における 視覚障害の社会的コスト - 日本眼科医会参照)。
米国の基準 WHOの基準
失明 片眼で矯正視力0.1以下 片眼で矯正視力0.05以下
ロービジョン 片眼で矯正視力0.1以上0.5未満 片眼で矯正視力0.05以上0.5未満
  なお、米国の基準では視力障害を、Blindness(失明)と Low vision(ロービジョン)に分類していますが、WHO基準では、Blindness – Severe – Moderate – Mild に分類しています。
 私は、白内障の手術前は強度の近視だったので、視力1.0の出るメガネでは度が強すぎて、近くを見るときは両眼で0.1〜0.2程度の視力しか出ないメガネを使っていました。そのメガネをかけて街中を出歩いたりもしていました。したがって、「矯正視力0.1以下なら失明」といわれてもピンと来ない所があります。
 また、片眼で矯正視力0.5なら、両眼では0.6ぐらいは見えますから、ちょっと頑張れば、運転免許の視力検査もクリアできます。それを、視力障害というのは、実情とはかけ離れているように思えます。
 そんな「米国の基準」でも、視野障害の有無や度合いは判断の基準とはされていないことに注意する必要があります。

緑内障が「失明」の3割近く
  日本における 視覚障害の社会的コスト - 日本眼科医会では、米国の基準を用いて、2007年の視覚障害者、ロービジョン、失明を次のように推定しています。
2007年 視覚障害者 ロービジョン 失明
総数 1,636,845 1,448,926 187,919
加齢黄斑変性 177,885 167,544 10,341
白内障 117,796 116,588 1,208
糖尿病網膜症 337,586 317,806 19,780
緑内障 397,803 345,852 51,950
屈折異常 (病的近視) 198,898 174,723 24,175
その他 406,877 326,412 80,465
 白内障は、圧倒的に患者数が多く(手術はいつ受ける?参照)、特に、核白内障や後嚢下白内障は視力低下が特徴的な症状ですが(手術までの経緯参照)、眼内レンズを入れれば、希望の視力を得ることができます(多焦点か単焦点か参照)。したがって、手術が容易になった現在では、白内障の障害者数が少ないのには、特に疑問は感じません。
 一方、緑内障は、視神経に障害が起こり、視野が狭くなる病気ですから、自覚症状は、視野の一部に見えない所ができるというもので、視力の低下も、病気の最終段階まで現われません。したがって、緑内障が失明の3割近くを占めるというのは、少し不自然にも思われます。
 このデータの根拠については、次のように説明されていますが、どのような資料からどのようにして算出したのか、具体的には示されておらず、これでは検証のしようがありません。
Iwaseら(2004)およびYamamotoら(2005)は年齢・性別およびタイプ別の緑内障の有病率について疫学的データを示した。 本報告の内訳はこれらのデータから抽出し,Iwaseら(2006)および厚生労働省 (2001)の推定した合計に適用した。

「失明」は21万人
 厚生労働省の調査によると、2006年の視覚障害者の等級別人数は次のようになっています。総数は31万人ですが、1万2千人は等級不明となっています(身体障害児・者等実態調査|厚生労働省)。3級以上の障害者は、矯正視力0.1以下ですから、米国の基準によれば失明者となり、総数は、ほぼ21万人です。この中には視野障害者は含まれていません。ただし、緑内障患者でも、矯正視力0.1以下なら3級以上の障害者となります。
人数(千人) 視力障害(数値は矯正視力) 視野障害
1級 110 両眼の視力の和が0.01以下のもの
2級 82 両眼の視力の和が0.02以上0.04以下のもの
3級 19 両眼の視力の和が0.05以上0.08以下のもの
4級 29 両眼の視力の和が0.09以上0.12以下のもの 両眼の視野がそれぞれ5度以内のもの
5級 32 両眼の視力の和が0.13以上0.2以下のもの 両眼の視野がそれぞれ10度以内のもの。両眼の視野の2分の1以上が欠けているもの。
6級 26 片眼の視力が0.02以下他眼の視力が0.6以下のもので、両眼の視力の和が0.2を超えるもの

56%が「不詳・その他・不明」
 2006年の視覚障害者の原因別人数は、次のとおりです。不詳・その他・不明を含めると、56%となっています。原因が特定しているものについては、網脈絡膜・視神経系疾患が圧倒的に多いです。視覚障害者31万人の26.5%ですから、8万人ぐらいとなります。そのうち緑内障によるものが20〜25%とするなら1万6000〜2万人ぐらいとなります。
 さらに、不詳と不明を合わせて12万人ぐらいですが、その3分の2が網脈絡膜・視神経系疾患とすると、緑内障による視覚障害者はトータルで、3万2000〜4万人ぐらいということになります。
 障害者の認定は、障害の程度を確認できれば良く、原因の特定は必ずしも必要ではないので、そもそも十分のデータが存在しないのかもしれません。 
原因 人数(千人) 比率(%)
不詳 112 36.1
網脈絡膜・視神経系疾患 82 26.5
その他 48 15.5
角膜疾患 19 6.1
不明 14 4.5
水晶体疾患 11 3.5
脳血管障害 7 2.3
その他の脳神経疾患 6 1.9
脳性まひ 4 1.3

網脈絡膜・視神経系疾患とは
 網脈絡膜・視神経系疾患とは、加齢黄斑変性、網膜色素変性症などの網膜脈絡膜萎縮をきたす疾患群と緑内障など視神経萎縮をきたす疾患群を指しています(網膜脈絡膜・視神経萎縮症に関する調査研究)。
 2007年4月〜2010年3月に新規に視覚障害認定を受けた18歳以上についての調査では、認定原因は次のように、7割近くを網脈絡膜・視神経系疾患が占めています(日本における視覚障害の原因と現状)。
緑内障 21.0% 多治見スタディでは70代以降で1割が発症。症状:主に視野障害 ⇒「日本緑内障学会多治見緑内障疫学調査」報告
糖尿病網膜症 15.6% 糖尿病の合併症。症状:末期では視力低下 ⇒糖尿病網膜症 - 日本眼科医会
網膜色素変性 12.0% 4,000人から8,000人に1人。遺伝的背景に起因。症状:夜盲、視野狭窄、視力低下 ⇒網膜色素変性症
加齢黄斑変性 9.5% 久山町調査では50歳以上で1.3%。症状:歪んで見える、中心が黒く見える、視力低下 ⇒加齢黄斑変性
脈絡網膜萎縮 8.4%
 「中途失明の原因で最も多いのは緑内障」とはいうものの、患者数に対する視覚障害者の比率は、大雑把に計算して、加齢黄斑変性は緑内障の5倍、網膜色素変性は20〜40倍と推定されます。

緑内障は視神経の病気
 網膜と脈絡膜、視神経の構造は次のようになっています(ストレス社会、気をつけて!中心性網膜炎の話。)。脈絡膜には血管が通っていて、網膜に酸素や栄養を補給しています。網膜の神経網膜(網膜神経線維)は光を電気信号に変えて、視神経に送ります。視神経は集まった信号を脳に送り、脳がデータを分析して外界を認識します。緑内障は視神経の病気で、加齢黄斑変性は網膜と脈絡膜の病気です。 


視覚障害者は、70歳以上が半数
 2006年の視覚障害者の年齢別人数は次のようになっています(身体障害児・者等実態調査|厚生労働省)。2006年の視覚障害児(18歳未満)は、4,900人と推定されていますから、視覚障害における30歳未満が占める割合は、極めて低いといえます。糖尿病網膜症や加齢黄斑変性は中高年の病気で、緑内障は高齢者の病気ですから、中年以降、視覚障害者の数が増え、70歳以上が半数を占めています。この傾向は、聴覚、肢体不自由、内部障害すべてに共通しています。 
全障害者 18・19 20〜29 30〜39 40〜49 50〜59 60〜64 65〜69 70 不詳
人数(千人) 12 65 114 182 470 394 436 1,775 35
比率(%) 0.3 1.9 3.3 5.2 13.5 11.3 12.5 51.0 1.0
視覚障害者 18・19 20〜29 30〜39 40〜49 50〜59 60〜64 65〜69 70 不詳
人数(千人) 1 5 12 21 46 33 33 153 6
比率(%) 0.3 1.6 3.9 6.8 14.8 10.6 10.6 49.4 1.9

視覚障害者は30万人ぐらいで推移
 ところで、視覚障害者数は戦後どのように推移してきたのでしょうか。
 1965年までは、視覚障害者は全障害者の2割以上を占めていました。しかし、1970年には2割を切り、その後、比率は下がり続け、最近では1桁になっています(身体障害児・者等実態調査|厚生労働省 、単位千人)。
障害者総数 視覚障害 比率(%) 内部障害 比率(%)
1951 512 121 23.6
1955 785 179 22.8
1960 829 202 24.4
1965 1,048 234 22.3
1970 1,314 250 19.0 66 5.0
1980 1,977 336 17.0 197 10.0
1987 2,413 307 12.7 292 12.1
1991 2,722 353 13.0 458 16.8
1996 2,933 305 10.4 621 21.2
2001 3,245 301 9.3 849 26.2
2006 3,483 310 8.9 1,070 30.7
 視覚障害者の比率は下がり続けていますが、近年では人数は30万人ぐらいで推移しています。比率が下がったのは、内部障害者の数が増えたからです。現在は、次の7つの機能障害が内部障害と認められています(内部障害系専門理学療法の動向(2014)参照、人数は2006年、単位千人)。
人数 制定年
心臓機能障害 595 1967年
呼吸機能障害 97 1967年
腎臓機能障害 234 1972年
膀胱直腸機能障害 135 1984年
小腸機能障害 8 1986年
ヒト免疫不全ウィルスによる免疫機能障害 1 1998年
肝臓機能障害 2010年