多焦点か単焦点か
単焦点レンズには保険が適用されるので、患者の自己負担額はせいぜい10万円前後です。多焦点レンズでも選定療養の対象となれば、保険が適用されますが、レンズ代の差額分は全額自己負担となります。選定療養の対象とならなければ、全額が自己負担となります。選定療養の対象となれば、数十万円の負担で済みますが、自由診療となれば、100万円以上かかります。 ネット上では各レンズの販売数を示すデータは見当たりませんが、患者の8〜9割は単焦点レンズを選んでいるようです。 老後の視力については安心が保障されている 単焦点レンズの場合は、両眼の手術費用は総額で27〜40万円ぐらいですが、保険が効くので、3割負担で8〜12万円ぐらいです。さらに、高額療養費制度が適用されるので、結局、自己負担限度額の支払いで済みます。 自己負担限度額は、年収に応じておおよそ次のようになっています(高額な医療費を支払ったとき | こんな時に健保 | 全国健康保険協会 )。
役所で限度額適用認定証をもらっておき、医療機関窓口で提示すれば、支払いは限度額で済みます。 70歳以上で、現役並みの収入があれば、年収に応じて70歳未満と同じ限度額となりますが、それ以外なら限度額は、18,000円又は、8,000円となります。したがって、老後の視力については、すべての人に安心が保障されていることになります。 遠近両用で老眼に対応 眼内レンズには、単焦点レンズと多焦点レンズがありますが、メガネやコンタクトレンズにも多焦点レンズがあります。 遠近両用メガネは、もともとは老眼になった近視の人のためのものでした。 年とともに水晶体の弾力性が失われ近くが見にくくなるのが老眼です。 正視の人の場合、45歳を過ぎて近点が33センチぐらいになると、老眼を意識し始めると言われています(老眼年齢になってからの眼鏡合わせ)。 近視の人は、もともと近くがよく見えるので、老眼の程度は軽減されますが(遠近両用レンズの情報ページ 基本『単焦点の老眼鏡』 〜れんず屋)、視力が1.0の出るメガネをかけているとやはり近くが見にくくなります。 私の場合、眼内レンズで、近点20センチ〜遠点70センチですから、―1.5Dぐらいの軽い近視なっています。この程度見えていれば、日常生活にメガネは不要です。軽い近視は、現代生活に適合していると言えるのであって、あえて遠くを見るためのメガネをかけて近くを見にくくすることはないと思います。 近視の場合も、視力が1.0の出るメガネをかけていると年とともに近くが見にくくなってきます。そこで次のような遠近両用メガネが登場しました(ミルヒト)。レンズの下部の小窓に度の弱いレンズがはめ込んであります。顔の角度を変えず、近くを見るときは下目遣いにします。 正視の場合は、鼻眼鏡を使えば、メガネをかけたり外したりする手間が省けます (ケータイ Watch)。遠くを見るときは上目遣いにします。しかし、これらのメガネをかけると、老いた感じを与えます。 そこで、境目のない遠近両用メガネが登場しました(遠近両用眼鏡 二重焦点 境目なし)。近視用では、上部は度の強い凹レンズで、下部は度の弱い凹レンズとなっています。老眼用では、上部は度がなく、下部は凸レンズとなっています。いずれも、顔の角度を変えず、近くを見るときは下目遣いにし、遠くを見るときは上目遣いにします。 遠近両用コンタクトレンズには2つの型 遠近両用コンタクトレンズには、交代視型と同時視型があります(★遠近両用レンズご紹介★|Menicon Miru 亀有店|コンタクトレンズ販売店のMenicon Miru公式サイト)。 交代視型は、中央部で遠くを見て、周辺部で近くを見るよう設計されています。 ハードコンタクトレンズは、涙の表面張力によって位置を保っているので、視線をずらすと位置を少し変えることができます。 したがって、まっすぐ正面に視線を合わせると、レンズの中央部を通して遠方を見ることができ、視線を下にずらすと、レンズの周辺部を通して近くを見ることができます。視線の使い方は、遠近両用メガネと同じです。 一方、ソフトコンタクトレンズは、角膜全体を覆っているため(遠近両用ハードコンタクトレンズのメリット・デメリットを徹底解説)、このような使い方はできません。 そのため、遠近両用のソフトコンタクトレンズでは同時視型が採用されます。 交代視型では、中央部の遠用部分を瞳孔の大きさに合わせてあります。視線をずらすと瞳孔が近用部分に移動して近くを見ることができます。ものを見るのに使うのは、黒目の中央の瞳孔の部分だけなのでこのような使い分けができます。 同時視型では、遠用部分と近用部分を瞳孔の大きさに詰め込みます。こうすると、同時に2枚のレンズを使ってものを見ることになります。当然、焦点は2重になります。遠くを見るときは、遠用部分の焦点は合いますが、近用部分の焦点は網膜の奥にずれます。近くを見るときは、近用部分の焦点は合いますが、遠用部分の焦点は網膜の手前にずれます。いずれにしても、ピントの合った像と、ぼやけた像が混在することになります。ただし、使い続けると脳が不要なデータをカットするので、1〜2週間すると普通に見えるようになるということです。 ただし、ピントの合うデータ量は全体の半分となるので、単焦点レンズや交代視型レンズに比べ鮮明度は劣ることになります。 また、明暗による瞳孔径の変化への対応も問題です。明るいと瞳孔は小さくなるので周辺部のデータが減少します。周辺部が遠用となっていると遠くが見えにくくなります。逆に、周辺部が近用となっていると近くが見えにくくなります。 この問題に対応するためには、遠用と近用を年輪のように交互に配置する必要があります。 いずれにしてもメガネが必要 眼内レンズには、単焦点レンズと多焦点レンズがあり、見え方の目安は次のようになっています(医療法人社団 医新会)。私の場合は、眼軸が極端に長いので、単焦点レンズの焦点距離を40センチに指定し、両眼で見た場合の明視域は20〜70センチとなっています。このグラフのデータよりも広い範囲が見えていますし、遠くがぼやけることはありません。日常生活にはメガネは不要です。 眼軸の長さが平均の24センチぐらいだと、水晶体の屈折力20Dとすると1.0ぐらいの視力が出ます。近くを見るときは水晶体を厚くして屈折力を増して調整します。調整力と近点の関係は次のようになります(れんず屋)。眼内レンズは調整力はないので、屈折力20Dのレンズを入れると、近くを見るためには、2.5D以上の老眼鏡が必要となります。近くをみれるようにするにはレンズの屈折力を22.5D以上とする必要があります。 レンズの屈折力が22.5Dならば、遠くを見るのに−2.5D程度の近視用メガネが必要となります。これは、だいたい0.1〜0.2程度の近視ということになります(裸眼視力と屈折度数の関係)。結局、いずれの屈折力を選んでも、メガネは必要となりそうです。 多焦点レンズも万能ではない そこで、どうしてもメガネをかけたくなければ、多焦点レンズを選ぶことになります。 眼内レンズはハードレンズのように位置をずらすことはできないので、多焦点レンズは同時視型となります。したがって、同時視型のコンタクトレンズと同様に、@慣れるまで時間がかかるA鮮明度が劣るB瞳孔径の変化へ対応が必要などの問題があります。@とAは解消は困難なので、もっぱらBをどのように処理するかが問題となります。 この点に対応するため、さまざまの種類のレンズが開発されています( 本院の眼科を受診される患者さんへ | 東京慈恵会医科大学 眼科学講座>多焦点眼内レンズパンフレット)。 もっとも単純な構造をしているのは、屈折型といわれるものです。これは、遠近両用コンタクトレンズと同じように、中央に遠方用、その周りに近方用を配しています。高齢になると、昼間の光が強いときは、十分に瞳孔を広げることができないので、近方用のデータがうまく取得できないという事態も起こりえます。すると、このレンズでは遠方用の単焦点レンズと変わらなくなります。もっとも、サイズがぴったり合えば、昼間は真ん中の小さなレンズで遠くを見ることになるので被写界深度はより深くなりますし、暗いところでは外側の遠方用部分からもデータを取得できるので遠くはより見やすくなりますから、理にかなったレンズだともいえます。 回折型では、遠方用と近方用のエリアが狭い幅で交互に繰り返すように配置されています。これによって、瞳孔の大きさに関係なく、遠方用と近方用のデータが同等に割り振られます。ただし、暗いところでも、均等に近方用のデータを拾ってしまうため、ハロー(光の周辺に輪がかかったように見える)、グレア(光が延びて見える)が生じやすくなります。 アポダイズ回折型は、周辺に行くほど遠方用エリア比率が大きくなるように配分されています。このようにすることにより、暗いところでも、近方用のデータはあまり増えなくなるので、ハローやグレアは多少軽減されます。 私は、左目を先に手術したので、左目は眼内レンズで、右目は白内障の水晶体で1週間ほど過ごしました。昼間の屋外では、左目では景色は青白く鮮明に見え、右目では黄色っぽくぼやけて見えました。そして、両目で見ると左目で見たのと同様に青白く鮮明に見えました。脳が右目のデータは無視して処理したようです。あるいは、ぼやけた像も見えているが気にならないのかもしれません。 しかし、トンネル内ではハローのような現象が起きました。暗いところでは、光のデータは少なくなり、方々に点在しているだけになるので、右目のぼやけたデータも、しっかり拾ってしまったようです。 これは、左右の眼で鮮明度の異なったデータを処理したことにより生じた現象ですが、1枚の多焦点レンズで鮮明度の異なったデータを処理した場合も同じ現象が生じ得ると思われます。 また、回折型レンズでは、細かな溝が刻まれているため、光が反射・散乱してハローやグレアを引き起こすとも言われています。結局、多焦点レンズも万能ではないといえそうです。 多焦点レンズは先進医療ではなくなった 2020年4月までは、多焦点眼内レンズを使用した白内障手術は、先進医療とされていて、先進医療の施設基準を満たしている施設でのみ、施術が認められていました。健康保険は適用されませんが、医療保険に先進医療特約を付けておけば、費用は保険会社から給付されていました。 しかし、2020年4月からは先進医療ではなくなりました。削除された理由は「有効性、効率性等が十分に示されていない」ということです(既存の先進医療に関する検討結果について)。 先進医療とは、公的医療保険の対象にするかを評価する段階の治療法のことですが、「有効性、効率性等が十分に示されていない」ということは、多焦点眼内レンズを使用した白内障手術には、健康保険は適用しないと判断したことを意味します。 先進医療A(未承認等の医薬品もしくは医療機器の使用または医薬品もしくは医療機器の適応外使用を伴わない医療技術)の実施件数は次のようになっています(先進医療とはどんな制度?気になる費用や自己負担と保険の関係性)。多焦点眼内レンズを使用した白内障手術は、件数、額ともに他を圧倒しています。 しかし、多焦点眼内レンズが先進医療といえるかについては、疑問を感じます。白内障手術そのものは、濁った細胞を超音波やレーザーで破壊し吸い出し、眼内レンズを挿入するものですから、単焦点レンズであっても、多焦点レンズであっても、要求される精密度に差はあるものの、手術の内容に大きな違いがあるわけではありません。 白内障は放置しておくと視力を失う可能性もあるので、貧富の差なく誰でも手術を受けることができるように、健康保険を適用する意味はあります。しかし、単焦点レンズでも視力は十分回復するのであって、多焦点レンズはメガネを併用しなくても良いという付加価値をもたらすに過ぎません。したがって、多焦点レンズに保険を適用すべき優先度は高くないと思います。 多焦点レンズは先進医療特約の対象とはならなくなりましたが、一部の多焦点レンズは選定療養の対象となったので、レンズ代以外の費用には保険が適用されます。 日本眼科学会は、やや慎重な姿勢 日本眼科学会は、多焦点眼内レンズの使用には、やや慎重な姿勢です(多焦点眼内レンズに関する基本知識および適正使用について)。その理由を列挙すると、次のようになります。
事前に十分の説明を要求 日本眼科学会では、選定療養で白内障手術を実施する医師について、次のような基準を定めています(多焦点眼内レンズに係る選定療養に関する指針)。また、患者から徴収する費用は、厚生労働省の示す「社会的にみて妥当適切な範囲の額」の計算方法を遵守すること、としています。
レンズ価格は重要な判断要素 選定療養で使用が認められている多焦点レンズには、次のようなものがあります。いずれも回折型レンズですが、アポダイズ回折型、エシュレット回折型(焦点拡張)などのバリエーションがあります。
医療機関によっては、次のようにレンズ代を明示してます(洛和会音羽病院 アイセンター>レンズ価格表)。 ざっとネット検索で調べただけでも、価格を表示しているところは、いくつか見つかりました⇒ 多焦点眼内レンズ|久里浜眼科、 くまだ眼科クリニック、 医療法人クラルス はんがい眼科、 かきのき眼科。 レンズ価格は重要な判断要素ですから、選定療養の多焦点レンズを希望するなら、じっくり検討してみるのが良いと思います。 保険適用の多焦点レンズもある 2019年4月に、参天製薬がレンティスコンフォートを発売しました(白内障治療用の低加入度数分節型の眼内レンズ「レンティスコンフォート」を日本で新発売)。このレンズは、現時点では、唯一保険が適用される多焦点レンズです。次のように(唯一の「保険適応」多焦点レンズのご紹介)、特殊な形の屈折型2焦点レンズです。遠方と中間距離をカバーするよう設計されています。 パワー範囲は、+10.0D〜+27.0Dで加入度数を+1.5Dですから、中間距離部分の度数はかなり弱めで、老眼鏡が必要となります。屈折型で加入度数は低いので、ハローやグレアの軽減が期待できます。 ただし、老眼鏡を使いたくなければ、少し度の強めのレンズを選ぶという手もあります。次のように、そのような対応をしてくれる眼科医もいます。
59歳の男性ですが、視力は0.5と0.7ですから、日常生活はメガネなしでも良いくらいの軽い近視だったと思われます。術後は、遠方、中間距離とも、すごく良く見えています。ところで、30センチの距離の視力が0.7〜1.0あっても老眼鏡が必要なのでしょうか。
かなり強い遠視だったそうですが、術後は遠くも近くも良く見えています。
遠方視力が良く、強い老眼だった70代の女性ですが、術後は驚異的な視力が出ています。
患者がブログで使用例を紹介しています。この患者の眼軸はかなり長く、右が28mm、左が28.15mmです。遠方の視力を出すためには、+9.0D必要ですが、レンティスコンフォートのパワー範囲は、+10.0D〜+27.0Dなので、規格外となってしまいます。そこで、規格外を承知で1.0Dステップアップし、+10.0Dのレンズを入れたので、加入度数は実質的に2.5Dとなりました。その結果、遠方は0.7〜1.2の視力が出で、近方は40cmまで見えているということです。したがって、遠方、近方ともに、想定以上に良く見えているといえます。
「レンティスコンフォートの限界は、27.5mm」だとすると、27.5mmで+10.0Dのレンズを入れるよう設計されていることになります。この患者の眼軸の長さは28mmで、本来なら+9.0Dのレンズを入れることになっているそうです。したがって、0.5mm長くなると1.0Dずつ度を下げることになります。 私の眼軸の長さは、だいたい29mmですから、3.0D度を下げることになります。つまり、本来なら+7.0Dのレンズを入れることが想定されています。したがって、+10.0Dのレンズを入れた場合、加入度数は実質的に4.5Dとなってしまいます。これくらい度を上げると、ピントの合う範囲は、20〜70cmぐらいになりそうです。それでは、単焦点レンズを入れるのと、あまり差はなさそうです。 それで、単焦点レンズを入れることにしたのですが、実際にレンティスコンフォートを入れてみたら、想定よりも良い視力が出る可能性がなかったわけではないと思われます。この辺りは判断の難しいところです。 |