緑内障の治療とは
(2021/7/2)
 緑内障とは、「視神経がなんらかの原因で障害され、神経線維が徐々に減っていく病気」です(緑内障と視神経 日本眼科医会)。iPS細胞を使った研究は行われていますが、現状では中枢神経系の再生は困難です。したがって、緑内障を治すことはできません。点眼薬で眼圧を下げ、進行を遅らせることが、治療方法とされています。

緑内障患者の7割は眼圧が正常
 緑内障には、眼圧が正常なものと、眼圧が高いものがあります。眼圧が正常なものは、正常眼圧緑内障とよばれ、日本人の緑内障の7割はこのタイプだと言われています(緑内障の診断と治療)。
 眼圧が高いものには、他の病気などに伴って眼圧が上昇しているもの(続発緑内障)と他に原因がないもの(原発緑内障)があります。それぞれに、隅角が開いているもの(開放隅角)と狭くなっているもの(閉塞隅角)とがあります。そのほか、発達緑内障もあります。
眼圧正常 正常眼圧緑内障 開放隅角:日本人の緑内障の7割はこのタイプ 
眼圧高め 原発緑内障 開放隅角:隅角は開いているものの、その先の房水排出路の一つである線維柱帯が目詰まりを起こすために起こる病気。遺伝的素因が主に関係。40代以降に増加する傾向 ⇒原発開放隅角緑内障
閉塞隅角:感情的に興奮したとき、不眠や過労、過度のストレスがあるとき、目を酷使したり暗い場所に長時間いたとき、交感神経刺激薬や副交感神経遮断薬(風邪薬など)を飲んだとき、あるいは長時間うつ伏せの姿勢でいたときに起こりやすい。眼圧の急激な上昇がこのタイプの特徴、50歳以上の遠視の女性に多い ⇒原発閉塞隅角緑内障
続発緑内障 開放隅角:糖尿病、白内障やぶどう膜炎などに伴うもの、外傷性のものなど ⇒続発緑内障
閉塞隅角:水晶体が眼球の内部で外れる亜脱臼、ぶどう膜炎の炎症、眼球内悪性腫瘍、網膜剥離の手術後など、ステロイド薬の長期点眼 ⇒続発緑内障
発達緑内障 隅角の発育異常により、眼圧が上昇し、視神経が障害。発症頻度は、約3万人に1人 ⇒日本小児眼科学会 
 房水は血液から毛様体で作られ、酸素や養分を角膜などに補給し、繊維柱帯・シュレム管経由して、老廃物を血管に排出します。隅角は角膜と虹彩の隙間のことで、ここが狭いと房水の排出が滞り、眼圧が上がり、視神経が傷つくと考えられています。それぞれの関係は次のイラストのようになっています(緑内障 | 日本アルコン株式会社)。

 原発閉塞隅角緑内障は、急性の場合は、眼圧が急上昇し、激しい頭痛、眼の痛み、嘔吐などが生じます。視神経に障害を与え、一晩で失明してしまうこともあります。出典は示されていませんが、「緑内障による失明者の約半数はPACGである」という説明もあります(原発閉塞隅角緑内障の新しい分類:国際分類と. 新緑内障ガイドラインについて)。 

多治見スタディで驚くべき結果
 先に、正常眼圧緑内障は、日本人の緑内障の7割を占めていると述べましたが、その根拠となっているのは、多治見スタディと呼ばれる疫学調査です。
 この調査は、日本緑内障学会が、2000〜2001年に多治見市の40歳以上の住民3,021人を対象に行ったものです(「日本緑内障学会多治見緑内障疫学調査(通称:多治見スタディ)」報告)。
 調査の結果、住民の5.0%に緑内障が認められ、その内訳は原発開放隅角緑内障3.9%、原発閉塞隅角緑内障0.6%、続発緑内障0.5%でした。さらに、原発開放隅角緑内障3.9%の内訳は、高眼圧0.3%、正常眼圧(21mmHg)3.6%でした。
 このように、緑内障患者の7割は正常眼圧であるという驚くべき結果が明らかとなりました。
 従来は、高い眼圧が視神経に障害を与えるのが緑内障の原因であるという前提に立って、点眼薬で眼圧を下げるという治療が行われてきました。しかし、緑内障患者の7割は正常眼圧であるということになれば、眼圧以外にも原因があることになります。
 となると、正常眼圧緑内障患者については、従来から行われてきた、点眼薬で眼圧を下げるという治療が、あまり意味がないのではないかという疑問が生じます。

誤った先入観?短絡的な発想?
 この点について、日本眼科学会では、「正常眼圧緑内障でさえも、眼圧をさらに下げることで病気の進行を遅らせることができる可能性があります」と説明しています(日本眼科学会>緑内障治療)。
 また、緑内障の診断と治療では次のように述べています。
 NTGの治療に関してしばしば問題になるのが,NTGは眼圧が正常範囲内でも進行するのだから眼圧には依存しない,つまり「眼圧非依存性」であるとの先入観を持つことである。将来的には眼圧依存性と非依存性に分けられるような検査方法が開発されるかもしれないが,現時点では経過を観察してゆかなければその判断はつかない。しかし,「NTGは眼圧が正常範囲内」→「眼圧が元々低いのに進行する」→「眼圧を下げる治療をしてもあまり意味がない」という誤った先入観をもって論じられることがあり,その結果,「NTGの治療には眼圧下降よりも循環改善効果や神経保護効果を持つと言われる治療薬を用いる方が良い」というやや短絡的な発想は,強く戒められるべきである。ただし,経験的には,治療前の眼圧が低いほど眼圧依存の可能性が低いと推測できる症例が多く,やはり,「広義のPOAG」という疾患概念の中には,眼圧依存性の症例と非依存性の症例,つまり発症や進行の機序の異なる疾患が混在していることは否定できない。 
 「眼圧を下げる治療をしてもあまり意味がない」⇒誤った先入観
 「NTGの治療には眼圧下降よりも循環改善効果や神経保護効果を持つと言われる治療薬を用いる方が良い」⇒短絡的な発想は,強く戒められるべき
 という論調で、従来からの点眼薬治療を見直すことに対しては、強い拒否反応を示しています。
 もっとも、「眼圧依存の可能性が低いと推測できる症例が多く、機序の異なる疾患が混在していることは否定できない」ことは認めています。しかし、緑内障患者の7割は眼圧が正常ですから、「機序の異なる疾患」が多数を占めている可能性は、否定できないと思われます。

有効性の根拠は、もっぱら欧米の試験データ
 正常眼圧緑内障患者についても、従来からの点眼薬治療を見直す必要がないと言うのなら、その有効性が科学的データによって立証されていなければなりません。
 その点について、「緑内障治療薬の臨床現状と 今後の治療薬に期待すること」という論文は次のように指摘しています。
……眼圧下降療法の有効性の主たる根拠となっているのは,1980年代から90年代に欧米で行われたいくつかのランダム化比較試験(randomized controlled trial,RCT,表1)の結果である.……
……従来のRCTのうち,正常眼圧緑内障を対象としたものはCollaborative  Normal  Ten-sion  Glaucoma  Study(CNTGS)(4)のみである.しかし,CNTGSは日本における正常眼圧緑内障の診断基準に比べやや高い眼圧レベルの患者を対象として多く含んでおり,CNGTSの結果を日本人の正常眼圧緑内障患者にそのまま当てはめることが適切かどうか議論の余地が残っている.したがって,正常眼圧緑内障患者のうち,より低い眼圧レベル(具体的には無治療時眼圧が15mmHg以下程度)の患者に関しては眼圧下降療法のエビデンスが確立しているとは言えないのが現状である.しかし,そのような患者に対しても,他に有効な治療法もなく,且つ,眼圧レベルの低い正常眼圧緑内障も(既にエビデンスが確立している)眼圧が高い開放隅角緑内障から連続した疾患スペクトルに含まれると考えることもできるので,眼圧下降療法がほぼ同様に行われているのが現状である.
 眼圧下降療法の有効性の根拠となっているのは、もっぱら欧米の試験データであり、正常眼圧緑内障を対象としたものは、CNTGSしかないというのは、少し意外です。しかも、日本に比べやや高い眼圧レベルの患者を対象として多く含んでおり、15mmHg以下程度の患者に関しては眼圧下降療法のエビデンスが確立しているとは言えないというのは驚きです。
 「眼圧が高い開放隅角緑内障から連続した疾患スペクトルに含まれると考えることもできる」というのは、眼圧が高い患者には効果があるのだから、眼圧が低い患者にも効果が期待できるという意味なのでしょうか。
 そんな推測に頼るのではなく、きちんと調査をすべきではないかと、私は思います。

正常眼圧緑内障患者の3分の2は症状が進行しない
 このCNTGSについては、次のような興味深い指摘があります( 数多の見解 生涯“点眼”継続-今日の常識は明日の誤解に-|誤解から学ぶ緑内障|小野原いくしま眼科)。

 そもそも点眼剤は本当に必要なのか、といった本末転倒な問題もあります。これは「データの読み方」の問題でもあります。
 図13は海外でのある「ランダム化比較試験」での結果です。
 「30%の眼圧下降により、緑内障性変化の進行を抑制」
 という、現況の緑内障治療の根拠になっているデータでもあります。
 データを読むにあたり、左下の「治療をすれば88%が進行しなかった」という結果に目を奪われがちです。
 しかし、右下の「治療しなくても65%が進行しなかった」という結果も事実なのです。
 この “88%” と “65%” その差をどう考えるかは、個々に委ねます。
 なお、左上「治療をしても12%が進行した」という結果も見逃してはいけません。
 このCNTGSのデータから言えることは、正常眼圧緑内障患者の3分の2は症状が進行しないということです。そして、2割程度は眼圧を下げることにより、症状の進行が抑えられるということです。ただし、CNTGSは日本における正常眼圧緑内障の診断基準に比べやや高い眼圧レベルの患者を対象として多く含んでいることに注意する必要があります。

中断回避のための調査が皮肉な結果
 新型コロナウイルスワクチンですっかり有名になったファイザー株式会社ですが、2012年に「緑内障患者の治療実態調査」を行っています。
 この調査の目的は、「点眼治療の中断経験者の割合とその中断理由を探り、治療中断回避のための方策を探る」ことにあります。つまり、点眼治療を中断させないための方策を検討するための調査です。点眼治療を中断したらどうなるかを調べた調査ではありません。
 調査の対象は、点眼治療を受けている900人で、40代、50代、60代それぞれ300人ずつ、男女比は150人ずつで同数です。
 調査対象者の緑内障のタイプ別内訳は次のとおりです。タイプが分かっているうちでは、正常眼圧緑内障が7割近くを占めています。

 一時的な中断経験者も含めると、自己判断による点眼治療中断率は18.7%(168/900人)でした。点眼治療を中断した理由の上位は「大した症状がない」44.6%(75/168人)、「継続受診が面倒」35.7%(60/168人)、「治療効果が実感できない」33.3%(56/168人)などでした。
 「医師から緑内障の点眼治療を中断したことにより、視野欠損が進行した可能性があると 指摘されたことはありますか?」という質問に対しては、70%が「ない」と答えています。この数値が、医師の診断を受けた結果であるかどうかについては、説明はありません。しかし、点眼を中断しても視野欠損が進行しないという例は、相当多くあることは推測できます。治療中断回避のための方策を探るための調査が皮肉な結果をもたらしたと言えそうです。