術後3年で2割が後発白内障
海外の文献(1998年)によると、「発生率は術後1年で11.8%(9.3-14.3%)、術後3年で20.7%(16.6-24.9%)、術後5年で28.4%(18.4-38.4%)」ということです(科学的根拠(evidence)に基づく白内障診療ガイドラインの策定に関する研究)。 私は、2023年3月15日に左目の後発白内障手術を受け、2024年10月17日に右目の後発白内障手術を受けました。いずれも手術の3か月ほど前から見にくくなっていました。2021年3月に白内障の手術を受けましたから、2年足らずで左目の後発白内障が発症し、3年余りで右目の後発白内障が発症したことになります。 白内障手術と、左目の後発白内障手術と、右目の後発白内障手術を受けた医院はすべて異なります。 原因は上皮細胞の増殖 後発白内障は水晶体上皮細胞が再増殖することで起こる後囊混濁で、発生のメカニズムは次のようになっています(眼科診療クオリファイ)。 これらのイラストは、手術後の水晶体部分の水平断面図で、上が眼の前方となっています。水色は水晶体囊(すいしょうたいのう=水晶体を包む薄い袋)です。手術では水晶体囊の前方部分を丸く切り取り、水晶体の中身を砕いて吸い出し、眼内レンズ(薄茶色)を挿入します。術後6ヶ月以内に前囊収縮が発生し、1年過ぎたころから後発白内障が発生し始めます。 前囊収縮は「ほとんど視機能に影響しない」 術後しばらくすると、水晶体上皮細胞が線維性の細胞に変化し、次の写真(日本白内障学会>前嚢収縮・後発白内障)のように、水晶体囊の欠損部分を修復し始めます。これが、前囊収縮です。「前嚢収縮は術後6ケ月以内が最も進行しやすいといわれていますが、ほとんど視機能に影響しません」が、線維性の細胞は混濁しているので、前囊収縮が進みすぎると視力に影響が出るようになります。 その場合は、次のように(教育セミナー:前嚢収縮および後発白内障への対処法 獨協医大 永田万由美)、YAGレーザーで広がりすぎた前囊収縮部分に切れ目を入れると、切開部分が再び広がり、視力が回復します。 水晶体囊は硬化し、次第に収縮 水晶体囊と水晶体および眼内レンズの関係は次のようになっています。 まず、手術前の水晶体の構造は次のようになっています(新しい眼内レンズの開発 SML | 株式会社MIRAI EYE(ミライアイ)、このページのリンクは切れています)。イラストは水平断面図で、水色の部分は角膜です。 一方、手術後は次のようになります。水晶体に比べ、眼内レンズは、かなり平べったいので、水晶体囊も平らに押しつぶされた形になります。前囊部分が大きく切り取られているので、水晶体囊は張りを失い、左右に引き伸ばされます。張りを失った水晶体囊は硬化し、次第に収縮することになります。 水晶体は生涯成長し続ける 水晶体の構造をより詳しくみると次のようになります(日本白内障学会>水晶体の構造と再生)。イラストは水平断面図で上が前方です。水晶体上皮細胞は、水晶体の前面を覆っている薄い膜で、水晶体囊の内側に密着しています。赤道部付近前方の上皮細胞は増殖帯となっていています。増殖帯で分裂し増殖した上皮細胞は細長い繊維細胞に変化します。 繊維細胞の細胞小器官は、PLAATファミリー酵素の働きにより分解され、繊維細胞はたんぱく質と水で満たされた透明な組織となります(なぜ眼の水晶体は透明になるのか?、東大がその仕組みを解明)。透明になった繊維細胞は積み重なって、水晶体の外辺部の層を形作ります。かくして、水晶体は生涯成長し続けることになります。 白内障手術では、水晶体囊の前囊を大きく切り取りますが、このとき上皮細胞も同時に切除され、砕かれた水晶体とともに吸い出されます。しかし、上皮細胞の増殖帯部分は、切り取られず残った水晶体囊に密着しているので、そのまま残存します。 そして、術後1年ほどして、破壊された水晶体組織を再建するために、増殖帯から細胞分裂が始まります。増殖した上皮細胞は、本来ならば透明な水晶体繊維に変化するはずですが、不透明なまま眼内レンズの裏側に移動し集積します。これが、後発白内障発生のメカニズムです。 それならば、増殖帯を含めて切除するように水晶体囊の前半分をもっと大きく切り取れば良さそうですが、そうすると、眼内レンズを安定して固定することが困難となるので、増殖帯部分の上皮細胞を残さざるを得ないのかもしれません。 囊屈曲形成で抑制の可能性 したがって、増殖帯からの分裂増殖が遺伝子情報に組み込まれているとするなら、後発白内障の発生は不可避ともいえそうですが、次のように囊屈曲が形成されれば、抑制の可能性はあるようです(専門医のための眼科診療クオリファイ )。 術後しばらくすると、水晶体囊(水色部分)は収縮し始めますが、眼内レンズ(IOL)の端が鋭角になっていると、収縮した水晶体囊は眼内レンズと直角にぴったり密着します。これが囊屈曲です。囊屈曲が形成されると、増殖した上皮細胞(LEC)は、眼内レンズの裏側に進展(進入)しにくくなります。一方、眼内レンズの端が丸くなっていると、囊屈曲は形成されないので、増殖した上皮細胞は眼内レンズの裏側に進展し、後発白内障が発生します。 以上が後発白内障発生のメカニズムです。まとめると次のようになります( 教育セミナー: 前嚢収縮および後発白内障への対処法 獨協医大 永田万由美)。 後発白内障はレーザーを使って濁りを取ることで治療できます(後発白内障 - 徳島県医師会Webサイト)。混濁した上皮細胞と一緒に水晶体囊も取り去ります。取り去るのは中央部分だけです。物を見るのに使うのは中央部分だけですから、周辺部分に混濁した上皮細胞が残っていても問題はありません。周辺部分の水晶体囊は残っているので眼内レンズを固定することができます。中央部分には水晶体囊がなくなるので、混濁した上皮細胞が進入することはありません。 2023年3月15日に受けた左目の後発白内障手術の診療費の明細は次のとおりです。点数1点につき10円です。手術費用は1万4460円で、検査費、再診料、処方箋料合わせて、総額2万30円でした。3割負担なら自己負担は6009円となります。 2024年10月17日に受けた右目の後発白内障手術の診療費の明細は次のとおりです。手術費用は1万4460円で、検査費、初診料合わせて、総額2万5440円でした。3割負担なら自己負担は7632円となります。 2024年10月25日に受けた術後検査の診療費の明細は次のとおりです。検査費、再診料合わせて、総額4410円でした。3割負担なら自己負担は1323円となります。 眼底検査は、様々な検査の総称です( 眼底検査について|よりみつ眼科)。 医療機関が適正な診療費を請求しているかは、審査支払機関が審査します(診療報酬の審査制度|国民健康保険中央会)。 眼科医会では「患者の病状と主訴に基づいた必要最小限の検査をするように心がける」よう呼びかけています( 保険診療=制限診療 - 和歌山県眼科医会)。 簡単な視力検査は、簡易式視力表を使えば自分でできます。 粘弾性物質の残存が影響 白内障手術では粘弾性物質を注入しますが、粘弾性物質が囊内に残ると前囊収縮と後発白内障が発生しやすくなるという実験研究報告があります(術後囊内残存粘弾性物質と前囊収縮・後発白内障)。 実験では、日本白色家兎を5羽用意し、両眼に眼内レンズを挿入し、片眼は粘弾性物質を完全に吸引除去し,もう片眼は前房中の粘弾性物質のみ吸引除去し,囊内の粘弾性物質は残存させました。前囊収縮を比較するために、術後1週間と術後3週間に前眼部徹照像を撮影し、後発白内障は術後3週で眼球を摘出し組織学的に解析しました。 その結果、前囊切開窓面積は、粘弾性物質を残存させた眼では、術後3週間で半分ぐらいまで縮小しています。粘弾性物質を完全に吸引除去した眼では、逆に少し拡大していますから、粘弾性物質の残存は、前囊収縮の発生を促したものと推測されます。 一方、後囊中央部の組織厚は、粘弾性物質を残存させた眼では、粘弾性物質を完全に吸引除去した眼に比べ、4倍近く増えています。後発白内障においても、粘弾性物質の残存は、顕著な影響を及ぼしています。 これらの結果について、この研究報告の筆者は次のように分析しています。
一方、別の動物実験では、「白色ウサギに 1%ヒアルロン酸ナトリウム(分子量 117 万)0.20mL を前房内置換し、房水中濃度を経時的に測定した結果、48時間以内に房水中から消失した」ということです(医薬品インタビューフォーム)。 このデータでは、房水中のヒアルロン酸ナトリウムは48時間までに前房内よりほぼ100%消失したということです。この解説記事では、ヒアルロン酸ナトリウム残留量と眼圧の関係には触れていませんが、ヒアルロン酸ナトリウムが残留していれば房水の粘度が上がり排出が疎外され眼圧が上昇すると推測されます。とするなら、ヒアルロン酸ナトリウムが残留して眼圧が上昇したとしても、その後急速に眼圧は下がり、48時間後には正常値に戻るものと思われます。 しかし、眼圧が正常に戻ったとしても、囊内に粘弾性物質が残存していれば、後発白内障発生の可能性は高まります。前房中の粘弾性物質すら十分に吸引除去できていなければ、当然、囊内に粘弾性物質が残存することになります。 したがって、術後一時的に眼圧が急上昇した場合は、かなりの確率で後発白内障が発生する可能性があるものと、覚悟しておく必要がありそうです。 合併症の説明義務違反で損害賠償 後発白内障は、YAGレーザーを照射すだけの簡単な手術で治療できますが、手術を受けた患者が、起こした損害賠償請求訴訟では、合併症に関する説明義務違反があったとして、請求の一部が認められたという報告があります(後発白内障手術の合併症に関する説明義務-メディカルオンライン医療裁判研究会)。 この報告では、合併症について次のように説明しています。
この報告では、自己決定権の侵害の有無について次のように説明しています。
注意義務違反=医療ミスについては、賠償を請求する患者が、ミスの内容と責任を立証しなければならないので、裁判に勝つのは極めて困難です。 説明義務違反についても同様の問題があります。この訴訟でも、第一審の東京地裁は、証拠および弁論の全趣旨から、「説明義務違反があったなどとは到底いえない」と判断しています。 これに対して、控訴審の東京高裁は、合併症の説明をしたことを「客観的に裏付ける証拠がない」と指摘し、状況証拠を積み重ねることにより、説明義務違反を認めました。 本来は医師が行うべき重要事項の説明を看護師に任せ、しかも看護師はマニュアルを読み上げるだけと言うのが、現在の医療の実情であることを思えば、この東京高裁の判断は、患者の視点に立って、医療のあるべき姿を問うものであると言えるでしょう。 |